監督 リー・ワネル
脚本 リー・ワネル
製作 ジェイソン・ブラム
カイリー・デ・フレンヌ
ブライアン・カバナー=ジョーンズ
出演者 ローガン・マーシャル=グリーン、ベティ・ガブリエル、ハリソン・ギルバートソン
2018年 公開
脚本 リー・ワネル
製作 ジェイソン・ブラム
カイリー・デ・フレンヌ
ブライアン・カバナー=ジョーンズ
出演者 ローガン・マーシャル=グリーン、ベティ・ガブリエル、ハリソン・ギルバートソン
2018年 公開
ストーリーが衝撃的で現実的な怖さがあり、限られた制作予算(約500万ドル)にもかかわらず、結構高い評価を獲得しています。コロナ禍の引きこもってた時期に見たのでなぜかあの頃を思い出す映画です。
アップグレードのあらすじ
テクノロジーが飛躍的に進化した近未来を舞台にしています。自動運転車が一般化し、AIアシスタントが家庭に溶け込み、人間の身体にテクノロジーを組み込む技術が急速に発展した世界時代に生きる主人公グレイ・トレイス(ログラ・マーシャル=グリーン)は、テクノロジーに懐疑的な古典的な車のメカニックです。
ある夜、妻のアーシャと共に自動運転車で帰宅する途中、予期せぬ事故に見舞われます。そして襲撃者たちによって妻は殺害され、グレイ自身も脊髄を損傷して四肢麻痺の状態に。希望を失ったグレイの前に現れたのは、天才発明家イーロン・キーンでした。彼はグレイに最新のAIチップ「STEM(ステム)」を体内に埋め込むことを提案します。このSTEMによってグレイは再び身体を動かせるようになりますが、同時に予想外の能力も手に入れることになります。
妻の殺害犯を追う復讐の旅が始まる中で、グレイはSTEMという存在と共存することの複雑さに直面しますが、AIと人間の関係性、自由意志と制御の境界線
公開された2018年は、AIやロボット工学が急速に発展し、自動運転技術や音声アシスタントが一般に普及し始めた時期でした。
AIアシスタント共闘、協力、信頼…
主人公グレイはSTEMをというAIに体を制御され脳内でSTEMと会話をしながら謎を解いていくストーリーです。当初はやさしい有能AIアシスタントがグレイと協力してる様は見てて安心しますが、何か腑に落ちない気持ちになります。
事故で体が麻痺して動かない状態でSTEMを埋め込まれるので、自分の身体でありながら自分の意志ではない肉体の動作は無力な人間から一気にスーパーマンのように強く見えるのですが、これって主人公…体乗っ取られるよね?と誰でも感じると思います、この不安感が、テクノロジーへの依存と不信を表してるのかもしれません。
わかりやすく、テクノロジーによる人間拡張のようなものを表現してるのでしょうが、「自分の身体でありながら自分の意志では動かない」という状況は、利便性と引き換えに失われる自律性という未来にが少し見えて、眉間にシワが寄りました。
主人公グレイは典型的なテクノロジー嫌いの人物として描かれていますが、皮肉にもテクノロジーに最も深く依存することになります。この矛盾は、テクノロジーを拒絶する人々もまた、結局は技術の波に飲み込まれていくという現代社会をあらわし、近い将来どんなに避けたくても絶対に避けることができないそんな身近な出来事かもしれません。
社会的背景とAI倫理への問いかけ
この話で見えるのは、テクノロジーに依存することで失われる人間性や自律性の問題、そして最終的に「誰が誰を制御しているのか」という権力構造の逆転です。STEMのようなAIに心が全くないと思えるシーンが出てきますが、「やっぱり!」と「どうして?」の二つの感情が出てきます。
STEM自らの目的のために●●するという展開は、将来にあり得る出来事なので余計注目しておくべきだと思いました。
最終的な結末は多くの観客の予想を裏切るもので、映画が終わった後は結構余韻はがあると思います。
自動運転やAIアシスタントは、すでに現代社会で実用化が進んでいる分野です。自動運転、自動調理器、自動アシスタント、やがてはSTEM…この映画で描かれる未来は決して遠い話ではなく、「数十年で訪れる現実」だと思います。私たち自身がどこまでテクノロジーを受け入れるべきか、考えさせられます。
撮影期間30日、低予算で制作されたそうですが、「予算が少なくてもここまでできる」という、クリエイターにも刺激となる一本です。
PS:ショットガンを腕に埋め込んでる悪役キャラクターがいましたが、現実的には非効率ですね、筋肉を削ぎ落して異物を入れると筋力低下や感染症になりそうです。ましてや、玉を何発も入れたショットガンは5キロくらいあると思います。腕動かすだけで一苦労しそうで、主人公を追い詰めるより先にばててしまいそうですね、弱い悪役…
今世紀中に…いや半世紀中にこんなAIが出てくるデショウ…怖いわー