アメリカの「12人の怒れる男」をオマージュしつつ、日本らしさをユーモラスに巧みに織り込んだ話です。
古い映画だけど今の時代に必要なのでログを残します。
監督: 中原俊
脚本: 三谷幸喜 東京サンシャインボーイズ
出演者:
陪審員1号:塩見三省
陪審員2号:相島一之
陪審員3号:上田耕一
陪審員4号:二瓶鮫一
陪審員5号:中村まり子
陪審員6号:大河内浩
陪審員7号:梶原善
陪審員8号:山下容莉枝
陪審員9号:村松克己
陪審員10号:林美智子
陪審員11号:豊川悦司
陪審員12号:加藤善博
守衛:久保晶
ピザ屋の配達員:近藤芳正
公開年: 1991年12月公開
あらすじ
殺人事件の裁判があり被告人は「無実」を主張したまま1通り全てが終わり、あとは12人の陪審員に選ばれた市民が有罪/無罪を決める段階の話です。
話は陪審員室の中で進みます、この部屋の中だけです。
最初は「まぁ無罪だよね」と空気で決まりかけていたところに、一人が「本当にそうかな?」とポツリ、1人が疑問を投げかけたことから議論は思わぬ方向に展開。
そこからは疑い→揺れ→論理崩壊→感情爆発と、どんどんボロが出たり、思わぬ勘違いが明らかになったり、ジェットコースターのように展開していきます。
人間ってこんなに勝手に思い込むものなんだと、考えさせられます。
三谷幸喜らしい「ズレ」
「ズレ」と「勘違い」の宝庫です。小さな一言で流れが変わり、みんなが勝手に深読みして暴走し、結局「最初に疑問を持った人も本当に●●だと思ってたわけじゃない」とかいうシマツ、最後には「自分の思い込みって怖い」と気づかせてくれます。
最近はニュースやSNSで「偏見」や「思い込み」に触れる機会が多いですが、30年以上前の作品なのに、今観てもむしろ現代社会に突き刺さります。私は結構刺さりました。
「自分の意見は本当に自分の意見なのか?」
「空気に流されてないか?」
そんな問いを投げかけてくれる作品です。よく言われてるのは、「面白いネタが合ったら、それに乗っかる形でさらに面白いネタがでてきたら信じるな」と言われてますね。
キャラクター
空気を読むことに必死な人
「自分は冷静」と思い込む理屈屋
正義感だけで突っ走るタイプ
実は何も考えてないけど賢く見せたい人
議論についていけず、最後に「なんかもう無罪でいいかな」となる人
「だよーんのおじさん書くと、落ち着くんだよ!」って脱線する人
さらに、救世主になる人、自己投影して暴走する人…などなど
私たちの周りにもいそうなキャラクターがリアルで少し笑えます。SNSのタイムラインの書き込みを擬人化すると面白そうですね。
豊川悦司、塩見三省、梶原善、相島一之、近藤芳正などなど「後のスターの原石感」を楽しめます。
「12人の優しい日本人」の隠れテーマ
隠れテーマだと勝手に思ってますが、「人はどこまで他人事に向き合えるか?」があるような気がします。みんな「自分には関係ない」と思いながら参加している陪審員制度。
でも、話し合ううちに、自分の考えや価値観も問われ、逃げられなくなる。その心理描写が実に巧みです。最後は「もし自分がこの場にいたらどうするだろう?」と、ふと真剣に考え込んでしまいます。
今のSNS時代にこそ再評価されてほしい
現代は「情報過多」の時代、SNSやメディアで流れてくる情報を、無意識に「正しい」と思い込んでしまうことがよくあります。本当に正しいか? 二次三次情報を確認したか?自分で考えたか?
この映画はその危うさを30年前から教えてくれていたんだな…と改めて感じます。
三谷幸喜とタランティーノは作風が似てる
昭和の時代の役者の演技や演出「会話劇」はやっぱり好きです。ひとつの部屋、限られた人数でこれだけ面白い物語ができるのかと驚かされます。タランティーノ作品も会話劇が中心ですが、似てますね。
こんな映画が令和でも観たい
「その情報正しい…?」